「ラムダさん、また指輪増えましたね」

 橙のランタンが灯る狭い部屋に若い青年が入ってきた。俺の助手をやっているマシムだ。彼は買出しから帰ってきたところで、食材が入った紙袋を抱えて俺の手を覗き込んだ。彼の言う通り俺の左手にはいくつも指輪が嵌められている。俺の指輪は、人間に害を及ぼす異端と言われる化け物を退治する度に増えていく。奴等の中にはかつて人間だったものもいて、彼らへの弔いの意味を込めている。もちろんそれだけではなく、こんな薄汚い指輪をいくつも嵌めていると不気味がって人は寄り付かない。俺の仕事柄それは好都合だった。

「人狼を二匹だ。化け物どもはなかなか数を減らさないな」
「教会が動きませんからね。ハンターだけでは手が回りませんよ」

 そう言いながら溜め息を吐いたマシムは思い出したように俺の汚い机に白い封筒を置いた。
 見れば宛名以外なにも書かれておらず、封も適当に糊付けしたもののように見える。

「教会からか?」
「ここに来た時玄関の扉に挟まっていました。悪戯ですかね?」

 悪戯や冷やかしでこういう手紙をもらうことは少なくはない。教会側は俺たちのようなハンターを快く思っていないからだ。キリスト教が広がり、彼の復活があるために教会は死者の復活を許容できなくなったのだ。度々偽装した依頼を寄越してはハンターを殺しに掛かる。今回もその手のものかも知れない。
 封を切ると中には二つ折りの便箋と地図が入っていた。便箋には黒いインクで「吸血鬼の始祖が棲む城」とだけ書かれていた。マシムが不審そうな目で俺を見る。吸血鬼の始祖がいることはハンターの間では周知の事実であるが、その姿を確認した者にも居場所を知っている者にも会ったことはない。
 さらに同封されている地図を開くと、アドリア海に面しているイストリアの山間を指し示している。この場所からはかなり遠いが、イストリアにも拠点を置いていたことがある。町が残っていればその小屋も残っているだろう。

「ラムダさん、始祖なんて悪戯が過ぎていますよ、こんなの」

 マシムはそう言うが、俺はこの地図の辺りを何年か前に見た記憶があった。しばらく地図を眺め地名を探り、机の上にある分厚い紙の束を引っ張り出す。随分動かしていなかったから埃が舞い、マシムが苦しそうに咳をした。何枚か紙を捲り、真ん中ほどで目的のものを見つけた。新聞の記事を切り取ったものだ。記事の内容を指で追うとそこにイストリアの地名を見つける。

「これだ。ここ十数年で農作物の不作が原因で廃村になった村と場所が一致する。土壌の汚染には吸血鬼が絡んでいる可能性もある」
「行ってみますか?」

 マシムの問いには答えず、黙って鞄に簡単な荷物を詰め込む。水筒を確認すると中身がほとんど空だ。教会で調達する必要がある。

「マシム、教会で聖水と銀をもらって来い。俺は弾をもらいに行く。明日の朝出発だ。長旅になるぞ」

 ○

 馬車に揺られて十日ほど。ようやくイストリアに着いた。かつてはここを拠点としていたこともあったが、吸血鬼が一度に多く退治されたこともあり早くからルーマニアへ移った。最後に乗せてもらった荷馬車の男に礼と少しの金を渡して町へ入る。
 この町は拠点としていた頃の小屋がある町だ。廃村の一番近くにある町でもあったので都合が良かった。道は狭く通りは閑散としていたが当時とあまり変わっていないようだ。町人の中には俺のことを憶えている者もいるようで遠巻きにされている。先に馬車を降りたマシムが代わりに情報を拾って戻ってきた。

「ラムダさん、相当嫌われていますよ。一体何したんですか?」
「俺にとってはどうでもいいことだ。それより、村の場所は?」
「はい。町の南口、今入ってきた所ですね。そこを下っていけば歩いて三十分ほどで着くそうです。まだ日も高いですし、暗くなる前なら危険も少ないそうで」
「そうか、なら行こう。ここの連中も早くいなくなって欲しいだろうからな」 
「それと、ラムダさん。途中に霧深い森があるそうなんですが、絶対に入らないようにと」
「何故?」
「始祖の城があるそうです」

 始祖の城とは手紙に書かれていた「吸血鬼の始祖が棲む城」のことだろう。しかし視覚で確認できるようなところに異形の棲みつく場所があるだろうか。若干疑わしさはあったものの、行ってみなければ分からないと割り切った。





 
(C)神様の独り言 2010.7.1
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